ゴロツキ

帰り道。この時期になると刺すような風が街を吹き抜ける。俺を含め、見渡す限りの通行人が厚手のコートに顎をうずめて逃げるように歩く。69年の言論統制法施行後いつしか世界中の金持ちたちがなだれ込んできたサハリンだが、それはここが最後に残された自由の地だということを意味しなかった。ここの主要産業は石油・石炭鉱業や漁業であったが、第三次エネルギー革命や海洋汚染によって大打撃を受けていたそれらは、言論の自由を求めて海を越えてきた膨大な人口を受け入れるのに脆弱すぎた。ここから少し南下したニッポンが東アジア連邦に組み込まれた頃くらいからこの街の空には曇天が貼りつき、3ヶ月に一度酸性雨が降り続ける雨季が来るようになった。だから言っただろう、ここは最後の楽園などではなく、いずれここも中央政府情報局の手が入ることになる。

そうなればもう地球上で自由に発言することのできる場所は永遠に失われるだろう。街に住む全員がそれを理解している。だからここは大陸から密入国してくる奴らが絶えない。しかし21世紀までは基本的人権として保証されていた言論の自由が今でも保証されているのは、極東条約の締結時にサハリンの永住権を手にしていた者たちだけだ。彼らは条約によって、専用タブレット端末によるオンライン上での発言が許されている。つまり密入国者や移住者は違法にそのオンライン上のシステムにログインするためのアカウントを手に入れるしかない。

そんな奴らにお望みのブツを用意するのが俺の仕事だ。顔も名前も知れない曖昧さが有利な世界だ。俺は主に二番街を取り仕切っていて、客はロボトミーで一発当てた金持ちからスラム街のヤク中のガキまで様々だ。56番地に2つ並ぶメールボックスの裏に書いた番号が俺への直通DMアドレスだ。秘密警察には隠しているとはいえ、非合法にやってるんで注文の際は用心してくれれば幸いだ。

久方ぶりに自分の部屋のドアをあけた。コートをベッドに投げ捨てシャワーを浴びる。

『ラシオ、顔色が悪いですよ』

世話好きの生命維持システムに言われてようやく3日寝ていないことを思い出した。脱法アカウントの調達は単純じゃない、危険が付きまとう仕事だ。俺や同業者のスーはリスクと心労を天秤にかけることを諦め、ハシシとたまのブラウンシュガーで無理やり体を動かしている。上手くキマれば寝ずに活動し続けられる、ここで敗者にならない方法はそれだけだ。

今取り掛かってる案件は少し慎重にならざるを得ないヤツだ。軍管轄第3ホスピタルの元長官が、中央政府情報局に恐れをなして亡命してきた。彼に非合法アカウントを準備する。報酬は健康寿命250年分。これをさらに売り捌けば軽く倍の価値に跳ね上がる。絶対に成功させたい一件だが、なにぶん相手が相手だ。彼のIDは権力側の組織のログに紐付けされている。何重もの安全策を施さなければ、簡単に足が出てしまうだろう。しかし俺ならば大丈夫。絶対に成し遂げる。濡れた髪を乾かしながら鏡の中の自分を睨んだ。

ちょうどその時、同業者のスーからメールが入った。今日の26時に二番街の西地区の橋に来て欲しい、できれば一人で、とのことだった。俺は新しいシャツを来てさっそく外出の準備をした。

『ラシオ、空腹になっていますよ。食事をとってください。』

そんなもの、数粒のタンパク質カプセルと人工果汁で十分だ。俺は時間に間に合うように、暗くなり始めた街中へ再度繰り出した。


橋に着くとスーは既にそこにいた。険しい顔をしているのが伺い知れた。

「どうした?」

俺は社会的距離の2.5mぶん離れてスーに話しかけた。

「……手を引け。」

スーは低い声で静かに言った。

「どうした、何からだ。」

「お前が請け負った、今回の、例の仕事だ。」言わずともわかる、第3ホスピタル元長官の件だ。

「なぜだ?なんでお前がそんなことを」

「69年の言論統制法で俺たちは発言する自由を奪われた。対話や、記録に残る文書や交流の保存は禁じられ、コミュニケーションは生命維持システム"青い鳥"とのみ許されている」

そんなことは常識だ。幼稚園児にとってだって当たり前だ。

「そんな中サハリンだけが違った、極東条約によって発言の自由が守られた街だ。そこに逃げ込んできた奴らが今の俺たちの客だ」

スーは脂汗を浮かべながら、必死に落ち着こうとしていた。しかし目は血走り尋常でない様子だ。俺は無言でスーの話を聞いた。

「 俺たちは奴らにアカウントを横流しして売る……俺たちゴロツキが稼ぐにはそれしかない」

ゴロツキとは、非合法に言論アカウントを取得し売買する俺たちのような人種の呼び名だ。総番号管理下制において監視システムを欺き、街中にたむろすることからつけられたセンスのないあだ名だ。

いい加減スーが何を言おうとしているかわからなくなってきた。

「スー、それが一体なんだって言うんだ。俺たちの仕事にどんな問題があるんだ?」

「ラシオ……今のお前の客がなぜ非合法アカウントを欲しがるか考えたことはあるか」

「いいや。だがそれがどうした?自分の発言や思考が管理され、それを厳しく制限されることにビビッたんだろう。そんな金持ちや年寄りは珍しくない。今までの俺の客の多くがそうだったよ」

「ラシオ、お前は楽観的すぎる」

スーは恐らく何か知っている。

「楽観的すぎるんだ。絶対に何かある。とにかく今回の件はヤバい。手を引いた方がいい。俺たちは金の稼ぎ方を変えるべきだ。」

「何を夢見がちなことを……。そんなことができないことくらいお前にもよく分かっているだろう。」

スーも俺も、しばし無言になる。

「……違法なことをして、しかも法外な金を払ってまで言いたいことを言う権利を欲しがる理由、そいつがどんなものか想像してみるといい。とにかく俺は忠告した。お前がその気なら商売を変える手伝いもしてやる。腕利きのDNAディーラーを紹介できる。特に最近は喜怒哀楽の感情や好奇心は高値で売れる。まとまった金が必要ならそれも一つの手段だ。」

それから俺とスーは一杯も飲まずに別れた。最後まで奴は俺と目を合わせなかった。俺は空白のような困惑を胸に残したままアパートに戻った。街灯の明かりが夜闇に雪のようにちらついていた。最後に雪が降ってから13年が経った冬だった。


『ラシオ、おはようございます。脳波と心拍の計測の結果、睡眠の質的レベルは0.2です。日々の生活にストレスはありませんか?』

目が覚めると同時に"青い鳥"に話しかけられる。お決まりのフレーズに今更飽きることもない。シャワーを浴びるために服を脱ぎ、洗面台の前に立つ。鏡に写った自分の顔に浮かぶ濃いクマを撫でた。

『今日の外気温は第2基準で51度です。ひどく空気が乾燥しているので水分補給をこまめに行ってください。日々の生活にストレスはありませんか?』

「"青い鳥"、シャワーの温度を調節してくれ。」

『温水の温度を調節しました。日々の生活にストレスはありませんか?』

ゆっくりとシャワーを浴びながら、今日やらなければいけないことを考える。今日は例の客のところに直接出向き、必要な情報が揃ったフロッピーケースを受け取りに行くことになっている。いよいよ最後の仕上げになる。これさえ上手くいけば、健康寿命250年分の報酬が手に入る。これを、管理名義を変更して売りに出せば遊んで暮らせる金が手に入る。今どき、健康に生きられる体を欲しがる人間は世界中にいる。

俺はシャワーを終え、出かける支度を終えた。ベランダから外をチェックし、表通りに秘密警察らしき人影がないことを確認した。向かうのは郊外のターミナル駅。俺はコートを羽織りアパートを出た。

『施錠しました。警備モードに移行します。日々の生活にストレスはありませんか?』

西日の影になる席に座り、モノレールが目的の駅に着くのを待った。尾行を撒くためにドアの閉まりかけに急いで飛び降りる。閑散としたプラットフォームを歩き改札を出た。

いた、あいつだ。風体はただの老いぼれにしか見えない。しぼんだまぶたの奥であいつも俺をじっと見ている。俺はフロッピーケースを受け取るために彼に近づいた。

「……家に来てくれ。ここには持ってきていない。」

しまった、全く想定外のことを言われた。これだから老人というのは厄介だ。しかしここで食い下がることのできなかった俺は、彼に自宅の住所を書いたメモを書かせ、新聞に挟んで捨てさせた。彼を先に帰らせ、俺は新聞とメモを拾い別々の道を使って書かれた住所へと向かった。空は真っ赤に染まり、すでに昼過ぎになっていた。

尾行もされず、罠にはめられることもなく老人の家に到着した。彼の周囲に監視がないことは確認済みだ。俺は彼の家に無言で立ち入り、彼が出てくるのを待った。

しばらくすると奥の部屋から彼が出てきて、俺にフロッピーケースを渡した。

「……これで上手くやってくれるか」

もちろんだ。このフロッピーさえそろえば不足はない。

「ようやく……ようやくだ。これで……ワシは……」

『他者の侵入を確認しました。状況を確定してください。』

彼の"青い鳥"が反応した。俺は老人に目配せする。

「ああ……彼はいいんだ、郵便局員だよ。配達に来てくれただけだ。」

こちらの筋書きに従ってくれたようだ。

『郵便局の利用予定はありませんでした。履歴を追加しました。』

いくら見た目はただの老人と言えど上客だ。彼にもある程度は協力してもらわねば危険だ。しかしこれで仕事も一件落着だ。あとは戻って足のつく可能性のある危険な情報を処理するだけだ。俺は老人に軽く会釈をして彼の家を後にしようとした。

が、スーの言っていたことが頭をよぎり、ふと彼に問いかけた。

「なあ……。あんたはなんでアカウントが欲しいんだ」

老人はしぼんだまぶたを動かしもせずに、こう答えた。

「あんたは仕事のはやいゴロツキなんじゃろうが……あんた自身はアカウントを持っておらんのか」

できればここに長居したくない。"青い鳥"に俺たちの会話を録音されている可能性もあるからだ。通常そんな機能はないが、どうしても用心してしまう。

「いや……俺はアカウントを持っていない。それが商売のリスクになるからだ。」

俺は本当のことを言った。

「そうか……。だからか……。」

老人の言葉の続きを待つ。

「アカウントを使ってログインできるシステムでは、自由に発言をし、他人と交流できる。どんな思想を持っていても、秘密警察が家に押し寄せてくることはない。そして……これは風の噂に聞いたんじゃが、そのシステム上に人力で集合知を構築している者たちがいるらしい」

老人はまだ続けた。

「前史から現在に至るまで……どこで何が起こったか、何が原因でこんな世界になってしまったのか、大昔の話になってしまった文化や歴史についての資料を集め、システム上に保存しているらしいのじゃ。……ワシや、アカウントを欲しがる多くの人々は、いつの間にか失われてしまった自由を渇望して、そしてそれを取り戻すために、その集合知にたどり着きたいのじゃ。とにかく科学は進歩しすぎた……あんたが何を考えてゴロツキになったかわからんが、こんな世界は……間違っとる……間違っとるんじゃ……」

老人は震える声でそう話した。スーと同じだ。皺だらけの顔に脂汗を浮かべ、必死の形相で何かを訴えていた。

俺はなんと返せばいいか分からず、夕暮れが鋭く差し込む部屋を後にした。


俺が最後に仕事をしてから数週間が経った。季節が失われた街では時間の感覚が曖昧になる。例のホスピタル元長官にアカウントを横流ししてやってすぐに報酬は十分に支払われた。健康寿命250年分を医療待機者オークションに出品した。じきに値段がつき、俺のところには多額の金が入ってくることになる。それまでは1ヶ月ほど待つことになるだろう。俺は目立つような行動を取らないように、ひっそりと過ごしていた。

しかし何か異変が起こっていることに気がついたのは、医療待機者オークションの参加人数を眺めているときだった。

健康寿命を金銭で売買することが一般的になった81年頃から、先進国にいながら高度な医療を享受できない、いわゆる医療待機者が爆発的に増加した。今や医療や健康は金を払って順番待ちをするものであり、風邪ひとつ診療してもらうのにもオークションに入札しなければ数年は待たされることになる。その順番待ちの人数はオンライン上でいつでも確認することができるが、その人数が劇的に減っていっているのだ。

おかしい。ここ一週間で、約11億8千万人が参加していたオークションが、なんの説明もなく4億人にまで減っている。他に医療オークションが開催されたかと探ったがその様子はない。つまり、医療を待ち望んでいた人々の半数以上が……消えた。

俺は徐々に焦り始めた。明らかに異常だ。世界人口の詳細な数字を知ることはできないが、これは……これは、世界中の人々が何らかの理由で……消されている、殺されているんじゃないか?

熱ぼったい焦燥感と、えも言われぬ不安に駆られた俺はスーにメールをした。返事は早かった。約束の場所に指定した二番街の橋に向かう。重たいブーツを引き摺って早歩きで裏通りを抜けた。

俺が橋に着くと、スーはすでにそこにいた。

「スー、何かがおかしいんだ」

俺は社会的距離をとることも忘れてスーに詰め寄った。スーが嫌そうな顔をした。

「医療待機者がとんでもない勢いで減ってる。世の中の何かがおかしいんだ。何かが起こってるんだ。なあ、お前何か知らないか。」

スーは少しの間だけ黙り込み、そして口を開いた。

「サハリンから出て……西に向かった街だ。今や死人だらけらしい。クラック・ラック・スマイリーから聞いた。理由は分からない。他の街も同じだろう。世界中で人が死んでいるみたいなんだ。」

俺は、スーの話の内容よりも自分の不安が的中したことに驚いた。

「なんだ、何が起こってるんだ。誰か何か知らないのか。伝染病か?公害が原因か?」

「わからない……だが世界中で同じことが起こっているし、"青い鳥"は何も報せない。もしかしたら、何か……人為的な何かが……」

"青い鳥"は世界中の共有ネットワークに存在する生命維持システムだ。もし伝染病の流行や健康被害の認められた災害が発生すれば警告と対処法を告知する。だがここ最近の"青い鳥"には何も異変はなかった。

「人為的って言ったって……誰が?」

「恐らく権力側の組織だろう。もしかしたら健康管理システムが普及した当初からの計画の一環かもしれない。」

「ばかな!最初から殺される予定だったってことか!?」

「大声で捲したてるな……だがわかっていたことだろう。中央政府はもう地球には興味がない。開発済みの月の次は水星の鉱山探削に踏み込むらしい。宇宙ステーションでは当たり前に鳥や虫が鳴き花が咲いている。……ガレキと汚染物質まみれの地球残存人口が調整されたって、不思議じゃないさ。」

「調整……」

「ラシオ、だからお前は楽観的だと言ったんだ。この街だって例外じゃない……そのうちに何らかの方法で気づかないうちに殺されるかもしれない。用心したって……無駄かもしれない。お前はいい同業者だったよ。何かあったらまた連絡してくれ。」

俺とスーはそのままお互いの家に帰っていった。灰色の空に灰色の雲が、氷河のようにゆったりと流れていた。


世界中で起こっている大規模な変死現象について、俺は必死に頭を巡らせた。なぜそれが公に説明されないのか、そもそもスマイリーの話は本当なのか、そして減り続ける医療待機者オークションの参加人数。全てが信じ難い最悪な妄想みたいだが、しかしあまりに現実的すぎる。"青い鳥"が知らせる今日のニュースは「水星の鉱山開発施設ヘヴンランドが開設」とのことだった。やはりおかしい。何かが起こっている……そして俺は、俺はそれを知る必要がある。何より、医療オークションに出品した健康寿命250年分がこのままではただのゴミになってしまう。俺は以前の客、つまり例の元長官を訪ねることにした。

誰も載っていないモノレールを乗り継ぎ、かつても訪れた彼の家にやってきた。が、それは結局無駄だった。家の中には既に誰もおらず、"青い鳥"すらも反応しなかった。つまり外出中だったなどではなく、もうそこには住んでいないということだった。遺されていたのは……メモ。机の上にあったメモだ。

"マストドンにいる"

とだけ書かれたメモを、俺はポケットのなかで握りつぶした。マストドンとは、サハリン市民にだけ認められた言論の自由が認められたオンライン上の空間の呼び名だ。そして彼が言っていた、「集合知」という言葉が俺は気になった。

そこにいけば……何かわかる。マストドンに行けば何か。何が起こっているかわかるはずだ。確信した俺は何とかしてアカウントを準備して、マストドンにアクセスすることを決心した。今思えばなぜこんなに必死に真実を追い求めていたかわからない。スラム街に立ち並ぶコンクリートのビル群が俺を後押ししていたような気がした。


オークションに出品した健康寿命250年分は既にゴミ同然だ。参加者は1億人程度しか残っておらず、なかなか買い手がつかない。つまり金にならなかった。俺は自分の分のアカウントをスーに用意してもらうことにした。しかし、スーに払う分の金が足りない。

「頼む……俺もアカウントが欲しいんだ。それも今すぐにだ。」

「そこまで急いでいるのであればアカウントは明日の夜には用意出来る。でも金がないとなると……」

「大丈夫だ。何でもする。どうにか金を稼ぐ方法はないか。そうだ、お前の前言ってた、DNAディーラーを紹介してくれ。感情は高く売れるんだろう?それで足りないか」

「……ラシオ、お前やっぱりなにか変だ。」

「それで足りないなら過去の記憶も売って足しにする。記憶中枢遺伝子専門のDNAディーラーもいるんだ。それも手術まで請け負ってくれる」

「それならきっと金は足りるよ。だが……」

「頼む!俺は知りたいんだ、この腐りきった世界で何が起こっているのか……何が行われてきたのか知りたいんだ!」

俺の強引な頼みにスーは結局首を縦に振った。その日のうちに俺はDNAディーラーを紹介してもらい、手術をして喜怒哀楽や好奇心の感情を高値で売った。過去の記憶も……買取リストに一部記載されていた。どうやらそこそこの値段で売れたらしい。俺はその売上全てをスーに渡した。通常ではありえない早さでスーはアカウントを用意してくれた。明日の夜にはメールでIDが届くらしい。俺は手術の副作用の解離症状とめまいでフラフラしながら、自分の部屋のベッドでひたすら寝てすごした。

『ラシオ、極度のめまいと疲労が計測されました。日々の生活にストレスはありませんか?』

スーからメールでIDとパスワードが届いた。手順に則ってアカウントを作る。不思議と俺に高揚感や緊張感はなかった。……感情を売ったせいだろうか。

無事にログインが済むと、俺は淡々と老人の言っていた「集合知」を探した。それにしても、タイムラインには誰もいなかった。誰もいないタイムラインで、どんな発言や交流ができるんだろうか……そんなことを考えていたら、思ったより簡単にその「集合知」を見つけた。


その正体は、元軍人や政府高官が各々に自身の知っている内容を書き連ね、それをただ保存しておくリポジトリだった。元々は自由な交流の場として活用されていたタイムラインが、いつしか最後の情報の保存場所として使われたらしい。ざっと見ると、この世界が今のように崩壊しかけるまでに中央政府がどんな愚策を施してきたかが記録されていた。どんな文字列を見つけられれば嬉しいのかも分からないまま、俺はひたすら画面をスクロールした。一般市民には秘匿にされていた計画の数々が羅列されている。そこで俺はついに、「青い鳥計画」のスレッドを発見した。

普遍的な生命維持システムとして導入された"青い鳥"は、もともと宇宙進出をするために人類を適正人口に調整するという目的のもと開発されていた。人類を管理し、そしていつの間にか人口を減らすために、生命維持装置の皮を被った兵器であるとそこには書かれていた。日々の生活を徐々に誘導し、時が来れば生命維持システムを利用し寝ている間に使用者の息の根を止める。それが……"青い鳥"の本当の機能だった。

俺はくたびれた目をこすりながら端末の電源を落としベッドに倒れ込んだ。スーやスマイリーの話は本当だったのだ。今や世界中で権力によっていつのまにか大勢の人々が殺されている。そして自分たちも例外ではない。この灰色の街で、ただいつ来るかもわからない死を待つだけの生活。俺は着替えるのも億劫になりそのままベッドの上で眠りに落ちた。


『ラシオ、睡眠時は着替えた方がいいですよ。予想睡眠効率は0.3です。日々の生活にストレスはありませんか?』


それからしばらくが過ぎて、俺は普段と何ら変わらない生活を送っていた。ゴロツキとしての仕事はめっきり減り、医療オークションに出品した例の健康寿命が売れた報せも一向に来ないが、感情と記憶の一部を売った残りの金で細々と暮らしている。

結局、本当のことを知ったところで何も変わらなかった。かつてのあの熱狂的な真実への希求は夢だったのかと思うほどに無欲になった。そもそも俺は、何かを知ったところで行動を起こすほどの力を持っているわけではなかった。感情を売った時に一緒に好奇心も消えたようだ。今ではただ無感情にいつか死ぬ日を待っている。

そんな中、たった一つだけ続けていることがある。手に入れたアカウントを利用することだ。自由な思想や発言が認められている。好きなことを呟いて他者と交流するのが目的のマストドンを、せっかくなのだから使っておこうと思ったからだ。今でも中央政府に恐れ戦いた元権力側の人間が非公開計画の実情をリポジトリに書き込み続けている。だがそんなことは俺には関係がなかった。自分のHTLに、ひたすら自分の呟きだけが並ぶ。じきに死んでしまうのだから意味がないかもしれない。だが、今の俺が日々のなかでやらなければいけないことなど何もない。これはただの暇つぶしだ。無感情が故に何を書き込むべきかもわからない。とりあえず俺は端末を手に取り、書き出しから入力してみることにした。

「帰り道。この時期になると刺すような風が街を吹き抜ける。俺を含め、見渡す限りの通行人が厚手のコートに顎をうずめて逃げるように歩く………」

おしまい


Gorotuki's Christmas2020

アドベント・カレンダー… というと、書かなきゃ!ってなるので 超ゆるい、てきとう作文集にしました。 みんなDMで送りつけてきて?(笑) 去年のクリスマス作文集はこちら http://squid999.html.xdomain.jp/adcare2019.html